ひゃ〜、いつの間にかこんなにたくさん!!!
それと随分と大きくなって。こちらが気がつかなかった
だけなんですが、のびのびと育ってますね。
これだけ沢山群生していると見事でしょうね。チベット、
ネパールが原産地。あの崇高な山々に抱かれてこれが
群生しているところを一度見てみたいものだと思って
おりましたけど、ちょっともう機会はないかも。

この花を見ると明治の仏教家、河口 慧海(かわぐちえかい)
を必ず思い出します。インド仏教の原典といわれるチベット
語訳の大蔵経を探すために、当時鎖国を布いていて密入国者
は死刑といわれたチベットに入り、無事原典を写経して帰国
した苦労談は彼の「チベット旅行記」を読んでみて下さい。
これは大変な記録です。帰国後殆どの人がこの偉業を信じな
かったという。確か、最近になってチベットで彼が存在した
ことが証明されたとのニュースが今年になってありました。
彼がチベットのラサに入ったのが1901年といいますから、
彼の偉業が万人に認められたのは100年以上の歳月を必要と
した訳です。
兎も角、密入国を疑われないためにはチベット語をマスター
しなければならないと、入国の前にインドで語学勉強をする
という用意周到さ。そして幾度となく死にそうなくらいの
行程の様々と、これを読んだときは痛く感激しました。恐く
現代ではもうこういうストーリーを語れる秘境はもうないで
しょうね。
その彼も見たであろうこの花。恐らく一面にこの花が彼を
迎えたのかと思うと、何かとても特別なものに思えて来るの
です。
蓼科の植物。日本への帰化は明治中期とありますから、河口
の帰国が1903年ですから、彼が持ち帰ったものではなさそう
です。
■河口 慧海についてはこちらを
・






















































