最近行われた政府の教育再生会議の中でノーベル賞
受賞者である野依良治さんの発言が論議を呼んでいます。
断片的なニュースでしか私は知らないのですが、こちら
になかなか面白い論評がありました。この意見の大部分
に私は賛成します。
この「塾禁止」と言う問題はかなり古くからの議論で
あったと思うのですが、一億総大学生の現在、よりよい
大学を目指すためには競争は然るべきであり、その競争
を勝ち抜くための手段として塾が存在するという現状
肯定が先ずはじめにありきではないのでしょうか。
もうひとつ見逃せないのが、長きに亘って教育界を支配
している「ゆとり教育」の考え方。寧ろ教育再生の最大
の改革すべき点ではないかと私なぞは思っています。
子供にゆとりを持たせて他の興味を広げさせる。はい、
この趣旨には大賛成。でもね、それは基本的なことは
省略せずにきっちり教え込んで、それからゆとりであろう
と思うのです。例えば例の円周率の計算、これが3.14
ではなくて何故3でいいのか。こんな手抜き教育をして
「ゆとり」という間違った方向に指導した人達は早く
この世界から退場して欲しいのです。子供の若い脳は
自らの経験で言えば、あたかも砂が水を吸うように吸収
出来る筈であります。
この記事にも書いてありますが、今の学校教育の現場では
0点から100点を取る子が一緒に授業を受けています。この
一緒というのは特に問題視してはおりません。問題は現場
教育が「ゆとり」の言葉に惑わされ0点の子供のレベルに
教育の質を落としていることにあります。
これって不公平以外の何物でもないでしょう。本来なら
機会があればもっと伸びる子供達の大半が、その機会を
得られず、その代用として塾に通っているのも現実です。
私事で恐縮ですが、私の通った中学では3年の時には数学
は既に高校2年レベルのことは終わっていました。これは
好きな子には全校の教師がどんどん高いレベルの教材を
逐次与えていったからです。強制ではありませんでした。
そしてクラスの半分以上はついて行っていたと記憶してい
ます。この学校は特に選抜された学生で構成されていた訳
ではありません。普通の公立中学校です。
お蔭様で塾に行く時間なぞ私の場合はなかったですよ(笑)
学校の授業の予習復習で精一杯。そのせいか、高校では数学
なぞ自宅で勉強したことがない。その余った時間を部活やら
よからぬ遊びに精を出しておりましたが(爆)
人色々考えはあるでしょうけど、価値判断の定まらぬ小学校
中学校の時代は詰め込み主義でいいのではないかと思います。
芸術・スポーツの世界はそれでは遅いという意見もあるで
しょう。それも正論でしょうね。親のエゴに偏らぬ限りその
生き方も選択肢であろうと思います。でも、下に合わせる
教育をゆとり教育というのだけは止めて欲しい。勉強したい
子供だっている筈だし、彼らの知識を得たいという権利を守
って欲しいと思うのです。
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